過去のエッセイコンテストで「親子の日賞」を受賞した作品をお届けします。皆さんも、私たちと一緒にジンワリしましょう。
「短い杖」
あれは、昔、五月の母の日だったね。
帰郷し、何か欲しいものがあるかと尋ねたら、杖が欲しいとの答えだった。
年老いたあなたは、足腰が随分弱くなり、歩くのも大変な様子になっていた。一緒に店へ行き、母さんが選んだのは、安価で地味な木の杖だった。もっと高級なものにしたら、と言ったら、目立たないから、これが良いと、小さな声で言った。
その後、しばらくご無沙汰して、久しぶりに帰ったら、母さんの杖が一目でわかるほど短くなっていた。どうしたのかと尋ねたら、長いので自分で切ったと、あなたは答えた。血圧が高く心臓に持病を持つ母さん、鋸を使うのは、容易なことではなかった筈だ。それは、私のやるべき仕事だ。ご無沙汰が、母さんに病に障るような負担をかけてしまった。
そんなに長さが合わないことに気づかなかった、私が馬鹿だった。それとともに、苦労が多かった母さんの生涯を思った。父さんが、前の奥さんと比べてあなたを嫌った。思い詰めたあなたは、真夜中、私を連れて線路端へ行き、死を決意したこともあった。しかし、父さんが大病をした時に献身的に看護し、父さんのあなたへの態度が別人のようにやさしくなった。定年まで勤めた教師も、つらいことが多かったようだね。僕達家族の為に、そのような苦労をした為に、腰がひどく曲がってしまったから、短かい方が良かったのだね。
父母の死後、いずれ使う時もあろうかと考えて、故郷の空き家から持ってきた、母さんの古い杖。私も、高齢になり、膝が悪くなり、ひっくり返らぬよう、使い始めた。短いけれど、敢えてこの杖を使う。新しいものを買い求めるつもりはない。この杖をついて、ゆっくり歩く母さん。この杖には、母の心がしみ込んでいる。その杖をつきつつ、私もゆっくり歩く。あなたのことを偲びながら。短いけれど、転ぶことはなくなった。死後も、転びそうな私を支えてくれる。死後も、老い衰えた私を守ってくれる。ありがとう、母さん!
藤川 六十一 81歳 三重県桑名市

































