父に育てられ、父から逃げる。
キング・オブ・ポップの神話は、一人の毒父から始まっていた。
マイケル・ジャクソンの伝記映画「マイケル」を観てきた。主演は実の甥ジャファー・ジャクソン。本人映像を使えばいいという声もよく聞くが、それとはまったく違う体験だった。冒頭こそ「あれ、似てない」と思うのに、物語が進むにつれてどんどんマイケルそのものになっていく。あの人並外れた躍動感、削ぎ落とされて研ぎ澄まされた身体の動き、生命力の美しさには圧倒された。観終わってすぐ「This is it」を見返してしまったのは、僕だけではないはずだ。
この映画の柱は、毒父ジョーからの自立だ。製鉄所で働きながら息子たちに英才教育を施し、ジャクソン5としてデビューさせた野心家の父。その慧眼がマイケルを世に送り出したのは事実だが、成功してなお父親風を吹かせ、支配しようとする。コールマン・ドミンゴが演じるジョーの、子を所有物として扱う支配の表現力には正直驚いた。よく遺族がこの描写にOKを出したものだと思う。それくらい容赦がない。
ただ、気になる点もある。稀代のスーパースターの生涯を「父との確執」という一本の軸に収斂させてしまうのは、いささか単純化が過ぎないか。マイケルという存在の複雑さ、孤独、創造性の源泉は、父子関係だけでは語り尽くせないはずだ。とはいえこれは前半生だけを切り取った映画であり、続編が控えているなら、その先でこの単純化が裏切られる可能性もある。
「親子の日」的に見るなら、この映画はまさに「才能を見出した親」と「自立を求める子」という、普遍的でありながら最も厄介なテーマを扱っている。才能を見出すことと支配することの境界線はどこにあるのか。愛情と所有欲はどこで分かたれるのか。ジョーを単なる悪役にせず人間として描こうとしたフークア監督の演出は、答えを出さない。観る側の家庭に、その線引きを問い返してくる。
ライブシーンの熱量、ダンスの説得力、何より「マイケルに初めて出逢った」感覚を取り戻させてくれる映画体験。父子の物語として観るもよし、ポップカルチャー史の証言として観るもよし。劇場の音響で浴びるように観てほしい一本だ。
作品データ
Michael(マイケル)
2026年公開
監督:アントワーン・フークア / 製作:グレアム・キング / 配給:東和ピクチャーズ
| ジャンル | 伝記映画/音楽ドラマ |
|---|---|
| テーマ | 才能と支配、親子の自立、家族の光と影 |
| 親子度 | ★★★★★ |
| 音楽度 | ★★★★★ |
| 没入度 | ★★★★★ |
| おすすめ | マイケル・ジャクソンの音楽が好きな人、親子関係や才能の育て方について考えたい人、劇場の音響でライブシーンを体感したい人 |
関 悟のひと言
子どもの才能を信じることと、その人生を支配することはまったく違う。この映画は「親が子どものため」と信じる一歩が、いつ境界線を越えてしまうのかを静かに問いかけてくる。







































