ついにあの日から10年が経ってしまった。
いろいろなことが、自分の中で整理されないまま。
あの日のことは、それぞれの人が個人的な体験として明確に記憶されているだろうから、ここでは自分自身の体験を語ろうとは思わない。
しかし、本作と出会って僕の思いは確実に変化した。
旧知のライター矢田さんから連絡をもらったのは、ちょうど1年ほど前、コロナ禍で世の中がストップしていた頃だった。まだ慣れないマスクをつけて再会した。彼の要件は書きかけの原稿を読んで欲しいということだった。
タイトルは「潜匠」。そう、今回紹介する本の原型だった。
先日、「親子の日」が企画した「東日本大震災から学んだこと」のトークショーでも紹介したので、ご存知の方もいると思うが、宮城県仙台の海底に潜り続け、いくつもの「魂」を引き上げてきたプロの潜水士のドキュメンタリーだ。
以前から、矢田さんは自らを現場に投じることによって作品を描く作風で、いわゆるニュージャーナリズムの作家だ。前作は自転車横断しながら戦争の是非を問うプロジェクト”Across-America”を行い、この体験を文章にまとめた「アクロス・アメリカ」だった。
ニュージャーナリズムとは、対象を客観的に描くのではなく、対象に寄り添ってより濃密に描き出していくというスタイルなのだ。
だからこそ今回、彼が選んだテーマはヘビーすぎるのではないかと懸念した。
なぜなら、このテーマは作家・矢田にとって精神的にも物理的にも、魂を削るような仕事になると思ったから、そしてその過程&結果を描き切るのは容易ではないからだ。
しかしそれは全くの杞憂だった。草稿を手渡された午後、僕は一気に読了した。
そして確信した。この作品は一人でも多くの人に読んでもらうべきだと。
人の生命の価値、そしてその尊厳。一人のダイバーを通して描かれる過酷な人生模様はけっして他人事ではなく、誰にでも共感できるものだ。しかし、それはリアリティを最大限に担保した文章だからこそのものだ。また、ダイバーが弔う「魂=遺体」に関しての生生しい描写にしても、何度も現地に足を運んで対象と心を通じなければ表現できなかったものだろう。ここが、まさに矢田さんがめざしたものが結実して作品だという所以だ。
彼の魂を削る仕事はひとまず完結した。しかし彼のメッセージが完結するのは、この作品が多くの人の心に届くときだ。
一読をお勧めする。
文:関智/親子の日普及推薦委員会