「さよならコダクローム」は親子の再生とアナログ時代の終焉をロードムービーとして描いた瑞々しい作品である。
せきさとる 2018年6月12日

映画界が激変しようとしている。
動画ストリーミングの大手Netflixが制作した、ロシアのドーピング問題を題材にした「イカロス」が2018年アカデミー賞の長編ドキュメント賞を受賞した。映画界のライバルとも言える動画配信会社が、今までの文脈と違う方法で製作・公開している作品が、映画界の権威とも言えるアカデミーで評価されたのだ。

なぜ驚きかというと「イカロス」はストリーミング配信のみで劇場公開はしていないのだ。劇場公開されていない作品が受賞したのだ。

そんな乗りに乗っているNetflixは時価総額でディズニーを抜こうとしていというからさらに驚きだ。

さて、今回紹介する映画「さよならコダクローム」も、Netflixのオリジナル作品。もちろんストリーミングのみで劇場公開されていない。

劇場公開されないというと、昔ならしょぼい映画B級映画のことだったが、今やまったく違う。本作もベテラン俳優エド・ハリス、エリザベス・オルセンakaアベンジャーズなどハリウッドで活躍している俳優陣が出演している。
落ち目の音楽プロデューサーの男マット(ジェイソン・サダイキス)が、末期ガンを宣言され余命いくばくもない父親ベン(エド・ハリス)と、その介護師の女性ゾーイ(エリザベス・オルセン)の3人で、閉鎖まであと1周間に迫ったカンザスのコダクロームの現像所までクルマで目指すというストーリーだ。

父親は著名な写真家だが、その唯我独尊な性格で息子とは不仲で10年以上口をきいていない。父親の現像しそこねた古いコダクロームを現像にでかける旅を最初は断る息子だが、有名バンドとの会合を約束されて、自身のプロデューサー人生の再出発を期待して、いやいや旅に出かけていく。現像所は閉所まで後1週間。3人は無事たどり着くのか?

いわゆるロード・ムービーだ。アメリカの豊かな自然や郊外の街を観光的に見ているだけでも楽しいが、いちばんの見所は頑固親父で末期がん患者を演じ切っているエド・ハリスだ。

アビス」のヒーローがもう末期ガン役かと思うと、時の流れの早さに驚くが、コダクロームの終焉という事実を基に作られた本作は、エド・ハリスの老境ぶりとアナログにこだわる信念が見事にシンクロして切実なメッセージとなって観るものに訴えかける。

デジタルを信じない父親は、中年息子のiPhoneを窓から捨ててしまう。

曰く「データなんてものは実態がない。しょせんクズだ」と。
ぼく自身も、編集者のキャリアは活版印刷から始まっている。いまでは名刺ですら使われることのない活版印刷。たしかに便利にはなった。なったが何か無くしたものがあるような気がしてならない。

そんな感傷には、この頑固親父の言葉が沁みてくる。
そして、現像所を目指すという旅の目的がメインプロットとすると、頑固親父と落ち目の息子の親子関係の再生。看護師と息子と恋。というサブプロットが用意されている。

もちろん、こういう話はいままでになかった訳ではない。むしろドラマの王道といってもいい構成かもしれない。

しかし本作の魅力は、無くなるものと無くしてはいけないもの、そして生まれるもの、という対立的な構造を定番的な心温まるストーリーで包み込んでいるところだろう。

対立的な構造を生んでいるのは、仕事対自分かも知れないし、親対自分かもしれないし異性対自分かもしれない。
ただし、その先には必ず光はさすんだ、という優しくて力強いメッセージが心地よい。

特に、頑固親父のベンと息子のマットがカンザスへの旅を通して、心を通わせていくシーンは心に残る。コダクロームの終焉とカメラマンのマットの人生を重ねあわせ、親の人生をようやく息子が理解し肯定してゆく。

親子だからこそ許せなかった憎しみと再生。だれもが身に覚えのある感情だろう。再生する親子映画の見本としてぜひとも見ていただきたい作品である。

なお、本作がデジタル配信のみという点も、この作品ががもっている矛盾を皮肉っているようで面白い。

 



 

Your comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *